ブランドロゴは大抵簡単な文字列でアルファベットであったり、漢字、ひらがな、カタカナであったり多様です。その短い文字列がその組織内でとても大きな役割を担っていることを考える人はあまりいないのかもしれませんが、たまに見慣れた文字がいつもと違うと気づいたりするととても変な感じがするものです。
日本のブランド名は世界中で有名なので自動車であれ、電気機器であれ、スポーツ用品であれそれぞれアルファベットのロゴが一般的になりつつあるのかもしれません。日本製品はそれだけ海外で重宝され、一般化しているのです。そのために広報はどんな努力をするのでしょうか。その一つがロゴマークです。人に覚えられ、愛される商品のロゴマークは、どんな苦労がバックグラウンドにあるのか…ロゴは成功の立役者の1人と言えます。
組織が大きければ大きいほど、商品・ブランドにとってロゴマークは一般で考えられるよりとても重要な存在です。多くの商品・ブランドは考え抜いた上で作られるのでその会社やブランドにとっては顔といっても過言ではありません。そのため、文字を表すフォントも工夫がなされ、ライセンス、トレードマークとして簡単にはコピー出来ないように微妙な工夫が施されています。一見すると一般的なフォントに見えますが、縦に細長だったり、文字が少し太めだったり、それぞれ微妙な特徴があり、それがロゴの雰囲気を醸し出すのです。そのためその大手の会社やブランドはフォントが社外に簡単に漏れないように、外注先など一定の範囲でしか使われないように契約を交わしたりし、悪用されたりしない努力をします。
大手の会社では自社特有のフォントで社内文書を発行することも多々あります。自社意識に訴えかける為とも、考えられますが、文字のフォント、ブランドロゴを社員が意識して大切にする愛社精神が社のモチベーションを高め生産の成長を促す不可欠要素ともなります。それだけ関係者に与える影響が大きいのです。
自社製品を誇りにそのイメージを大切にするように、社員として恥じない行いをするように新入社員はそれに恥じない働きをするよう教育され、会社人になるのでしょう。そうでなければ、消費者からの絶対的な信頼は得られないと考えるからです。社の一員であること、それを誇りを持つということは、団結力を高め、社の向上のため努力しようと社員を引きつけるランドマークと言えます。
一例として、ブランドのまがい物の判定などにもフォントの微妙な違いが使用されます。ブランドのバックや小物に使われているアルファベットが本物と違うのは見る人が見れば歴然です。そのようなコピー品を作ったり売ったりするのは違法行為で、日本では固く取り締まられていますが、海外からの流入があるのも事実です。
コピーの標的になりやすいブランドはフォントを変えたり、デザインを変えたり工夫します。コピー品を作る会社は商品の質だけでなく、被雇用者の労働条件が劣悪だったり、子どもの労働者を使ったりしてコストを低く抑えるので感心出来ません。粗悪な材料を使って作るコピー品であるだけでなく、その犠牲になる人たちがいることも忘れてはなりません。コピー品を製造、販売することは様々な意味で卑劣な行為なので、消費者として気をつけたいものです。
仮にある企業がよいイメージのうちはブランドロゴはポジティブな印象ですが、ブランド名が落ち目になったり、経営方針を変え再出発する際など、多々ブランドロゴを変えたりすることがあります。一般の人から見ると、まるで別な会社、ブランドになったような錯覚を起こす効果が非常に大きいので、ある意味簡単には出来ません。おそらく人の認識に訴える力が弱くなるリスクを伴う事業です。それで離れてしまう消費者も多々いるかもしれません。しかしイメージを一新させる効果が大きい為、汚名返上するツールにもなり得ます。
しかしながら、それでイメージを一新しても利益さえ上がればよいのでしょうか。
ブランドイメージが問題になる世の中、その会社がどのような経営方針を持っているのか消費者として関心を持つべきでしょう。発展途上国の労働者を劣悪な環境で、長時間低賃金で働かせ、利益を得ている会社がある傍ら、フェアトレードを心がけ消費者が安心して使える製品を作る事を積極的に働きかける会社もあります。発展途上国の最低賃金の上昇に一躍買ったり、環境にやさしい商品の開発など、イメージアップにつながる努力はそのようなことにこそ費やされるべきではないでしょうか。コマーシャルにつぎ込まれる膨大な資金をそのような労働条件の向上にあて、イメージを改善することにより、より一層利益が上がればこれに勝ることはありません。
それにともなうブランドのイメージこそロゴに恥じない企業の姿勢と言えます。人の信頼を見かけでごまかすことなく、真摯な姿勢を見せてこその成功であって欲しいものです。